第１回亡き婚約者の口寄せ

由里子さんが鑑定をご依頼くださったのは、小雨のそぼ降る晩のこと。夜の夕闇に雨のあたたかく湿った空気がひたひたと押し寄せてきます。「こんな晩は、たくさんの浮かばれない霊がさ迷っているはず…」そう思った矢先、由里子さんから鑑定のご依頼が入ったのでした。

由里子さんが電話をかけてきた場所は自宅ではなく、ご友人の家のようでした。自宅からかけると霊能力鑑定を依頼したことが両親にばれてしまうのでは…と、友人宅から携帯でかけてきたのです。 由里子さんは死に口を希望しましたが、電話がつながる前からその理由が私にはよくわかっていました。死んだ恋人Tさんの霊を降霊し、会話をさせてほしいというのが彼女の望みです。

「何も言わなくてもよくわかっています。亡くなった恋人の霊を呼んでほしいのでしょう？」

私の言葉に由里子さんが大きく目を見開いて驚いているのが、霊視で見てとれました。

実は由里子さん、半年前に婚約者を事故で亡くされていたのです。あまりにも突然のことだったので、彼に別れを告げることさえできませんでした。そして彼女は、そのことをずっと気に病んでいたのです。半年経った今も彼の事故のことを想い出しては、目にいっぱい涙を浮かべてしまうほど、その傷は深いままなのです。

私がTさんの霊を降霊術で呼び出すと、周囲はとたんに爽やかな匂いでつつまれました。これは生前、Tさんが好んでつけていた香りです。この香りは受話器越しにも伝わったようで「懐かしいTさんの香りがする…」と由里子さんは呟き、涙を流しました。するとその言葉に反応するかのように、私の口から「由里子…」という言葉がもれ出たのです。まさしくそれは、あの世から届くTさんの声でした。 「由里子、君を残して突然旅立った俺を許してほしい…」

（何を言っているの。許してほしいも何も、貴方は何も悪くないじゃない…）

由里子さんはそう言おうとしましたが、涙があふれ出て言葉になりません。でも、その想いは確かにTさんに届いていたのです。

「ありがとう、由里子。僕は今、あの世で生まれ変わるための準備をしているところなんだ。だけど僕は君を忘れたわけではないし、今でも君の幸せを心の底から願っているよ。僕は確かに君を愛していたし、君も僕を愛してくれていた。でもこれから先、君は別の人と生きていくんだ…。僕との想い出に固執しないで、未来を見つめて生きていってほしい」

（そんなこと、考えられないわ。貴方以外の人を愛するなんて…）

「大丈夫。その人と愛し合ったからって、僕と君の絆がなくなるわけじゃない。数年後、僕たちはまた再会することになるんだから…」

（再会って、いつどこで？　教えてちょうだい！）

由里子さんは心の中で叫びましたが、その返答をしないままTさんは再びあの世に帰ってしまいました。口寄せはそこで終わってしまったのです。

しかし口寄せは終わっても、私には瞬時に由里子さんの辿る未来が予知できたのです。

数年後、由里子さんはある男性と縁ができて結婚します。その人は由里子さんからTさんの話を聞いて、一緒に涙してくれるような心やさしい人。そしてその人との間に生まれるのが、長男のM君なのです。 出産した由里子さんは、M君の手首の内側を見て驚くことになるでしょう。そこには亡きTさんにあったものと同じ、星の形をしたアザがしっかりと刻まれているのですから…。

（夫婦にはなれなかったけれど、貴方は私の息子として生まれてきてくれたのね…）

由里子さんの瞳から、あとからあとから涙があふれて止まりません。しかし、その涙は決して悲しい涙ではないのです。愛する二人に囲まれている未来の由里子さんは、本当に幸せそうでした。

※由里子さんには、掲載にあたりご協力いただきましたことを心より感謝いたします。また、お名前は仮名、もしくはアルファベット表記とさせていただきましたのでご了承ください。